〒525-0041
 草津市青地町692-15
 サンハイム東草津1F
 TEL.077-567-1500
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 東京女子医科大学は、女性医師・吉岡弥生氏が1900(明治33)年12月5日に創設した「東京女医学校」を前身とし、世界的にも珍しい女子大学としての医科大学となっています(大学院は男女共学)。
 
 教育・研究の特色として、従来の常識にとらわれない自由な発想を特色とされています。

 この大学は多くの医療施設を有することでも知られ、東京女子医科大学病院のみならず、心臓病センターや消化器センター、脳神経センター、糖尿病センターなど、多様な専門病院を持っています。
 
 早稲田大学との間で医工連携における協定を締結し、共同研究施設や共同専攻大学院などを開設しています。
 
 さて今日は、11月定例会議の議案熟読中で休会ですが、この間を利用して、地元の行政課題の解決のために時間をとりたいと思います。
 
 先ず、朝7時から来客が予定されており、対応をさせていただくことになっています。10時からは、南部土木事務所にて、道路・河川の今年度の取り組み状況と来年度の展望を伺う予定です。
 
 午後からは、草津市役所に於いて道路整備の現状と、来年度の予定、農業関係の来年度の予定等、幾つかの項目ごとに伺いたいと思います。
 
 本日は、17時50分から草津市内の高校の教育関係者の皆様との意見交換会が予定されていますので出席をさせていただきます。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1996(平成8)年12月4日、メキシコのメリダで開催されたユネスコの世界遺産委員会において、原爆ドームは、厳島神社とともに世界遺産に登録されることが決定しました。
 
 原爆ドームの世界遺産化への取り組みは、1992(平成4)年に、広島市議会が世界遺産化の意見書を採択したことから始まりますが、1992(平成4)年に広島ユネスコ協会も参画して発足した「原爆ドームの世界遺産化をすすめる会」(すすめる会)が、全国的な規模で展開した世界遺産化を求める国会請願のための署名運動も、その実現の大きな力となり
ました。
 
 人類史上最初の原子爆弾による被爆の惨禍を伝える証人として平和の心を今に訴え続けている原爆ドームが、世界的価値を有する人類共通の遺産として登録されたことは、私たち日本国民にとっても大きな喜びであり、今後更に世界に向かって恒久平和を訴えるための礎となることが期待されます。
 
 世界遺産に登録されて今年で20年目を迎えますが、今もなお広島平和記念資料館を訪れるたびに、展示されたおびただしい数の遺品が被爆の惨禍を雄弁に物語っており、「負の遺産」ともいわれる「原爆ドーム」は、その惨禍を伝えるだけでなく、核兵器廃絶を訴える比類なきシンボルとして脳裏に強く焼き付いています。
 
 さて今日は、12時からクサツエストピアホテルに於いて、2016若竹チャリティーコンサートクリスマスパーティーが開催されますでの出席をさせていただき、乾杯の発声をさせていただきます。
 
 終了後の16時からは、大津のアヤハレークサイドホテルに於いて、自民党国会・県議団と滋賀県遺族会の皆様との懇談会が予定されていますので、出席をさせていただき、皆様との意見交換をさせていただきます。
 
 さぁ今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 岩手県のソウルフードとして愛されている「ひっつみ」があり、岩手県生めん協同組合によって制定された記念日です。
 
 「ひっ(1)つ(2)み(3)」の語呂合わせからとされています。この「ひっつみ」とは岩手県の郷土食で、小麦粉を練って平たい団子状にしたものを入れた汁物だそうです。
 
 ひっつみは、農林水産省が選ぶ『郷土料理百選』にも名を連ねており、まさにお墨付きの岩手の味です。冬本番の冷え込む日、そして心が凍える日にも、ほっこり温めてくれる味わいとなっています。
 
 岩手県は北海道に次いで国内2位の面積を誇るビッグな県であり、[東京都+神奈川県+埼玉県+千葉県]の首都圏4県を合計した面積よりも大きいんです。
 
 ですから、岩手県内であっても地域によって「ひっつみ」の味わいにもいろいろ個性があるとのことです。是非とも岩手を訪れた時はご賞味下さい!!
 
 さて今日は、12月に入って初めての週末というか、今年も残すところ5回の週末となりました。それぞれのお立場で、次第に慌ただしい年の瀬を迎える準備をお願いします。
 
 私も、1年を締めくくりにあたり、その準備に時間をとりたいと思います。夕方からは、山田学区の自治連合会の定例会に参加させていただく予定をしています。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 マルパッセダムは、フランス、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏、ヴァール県を流れるレイラン川に造られたダムです。フレジュスの北7qの地点にありました。
 
 1959(昭和34)年12月2日、堤体が完成してから初めての大雨により満水状態になって16時間後の21時13分、左岸の基礎地盤が下流側へ移動して崩壊しダムが決壊しました。
 
 高さ40m、時速70qに達した流水は下流の2つの村(マルパッセとボゾン)を飲み込み、フレジュスを経て海へ到達。死者421名(500名以上の説あり)という大災害となり、被害総額は6800万ドルに上りました。
 
 アーチ式ダムは、ダムをアーチ状に上流側へたわませることで、水圧を袖部へ受け流し、両岸の岩盤に伝えて構造を維持させるものです。しかしながら、マルパッセダムでは岩盤の強度を過大評価したために、急激な水量増加に耐え切れず岩盤が崩壊、次いで堤体も崩壊に至ったものとされています。
 
 ダムの決壊後、岩盤工学やダムの設計に必要な構造力学が飛躍的に進歩、そのきっかけとなった事故として現在も引き合いに出されることが多く、フランスは、マルパッセダムを工学的な教訓として残すべく、現地を崩壊当時のまま保存しています。この事故を受け、工事中であった黒部ダムの設計変更がなされました。
 
 さて今日は、10時から各派代表による代表質問が行われます。我が会派からは、守山市の岩佐弘明議員が担当されます。
 
 代表質問終了後の16時からは、議員研修が予定されています。本日のテーマは、「滋賀県の観光推進について」と題して大阪観光局理事長の溝畑宏氏による講演が予定されています。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 カレーうどんが日本に広まってから2010(平成22)年で100年を迎えたのを記念し、カレーうどんを含めた「カレー南蛮」を作りだし、日本全国に広めたと言われる東京中目黒「朝松庵」2代目店主、(故)角田酉之助氏の誕生日である12月1日を「カレー南蛮の日」として制定されました。

 「カレー南蛮の日」には、本プロジェクトだけでなく飲食店、コンビニエンスストア、麺業団体、外食産業などによる様々な記念イベントが実施され、各地で盛り上がりを見せているそうです。カレー南蛮は、体も温まるし、冬にはもってこいの食べ物と好評とのことです。

 ところで、カレー南蛮とカレーうどんってどう違うんだろう?と気になるところを調べてみました!カレー南蛮は、麺がそばのもので、カレーうどんは麺がうどんのものだとのことです!

 また、カレー南蛮の南蛮とは、「唐辛子」やネギのことを指して、唐辛子の入ったカレースパイスと玉ねぎや長ネギが使われていて、カレーうどんの方は、長ネギを使わずに玉ねぎだけを入れることが多いようです。
 
 最近は、カレー南蛮とカレーうどんの違いが曖昧になってきて、「カレー南蛮うどん」みたいなメニューがあるお店もあるようです。今日から12月、寒い冬を乗り切るためにも、今日のお昼はカレー南蛮で体を温めては如何でしょうか!

 さて今日は、午前中は、地元の自治会長会議に出席をすることになっています。午後からは、以前に県の考え方を尋ねていたことについて、執行部から回答の聞き取りをすることになっています。

 先ほどもふれましたが、今日から12月に入りました。皆様には、冬の寒さ対策や、風邪などにご注意いただき、お身体をいたわってお過ごしください。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 キユーピー株式会社は、1919(大正8)年11月30日に設立されたマヨネーズなどの調味料を主力としている食品メーカーで、株式会社中島董商店、アヲハタ株式会社と共に「キユーピー・アヲハタグループ」を形成しています。
 
 母体は現在の中島董商店で、創立者の中島董一郎が若い頃のアメリカ留学時代にマヨネーズと出会い、1919(大正8)年、東京都中野区小滝町に食品工業(株)を設立したことから始まります。
 
 以来、1925(大正14)年3月に国産初のマヨネーズ(キユーピーマヨネーズ)の製造を開始、1957(昭和32)年に社名を「キユーピー株式会社」に変更し現在に至っています。
 
 現在も中島董商店がキユーピー・アヲハタグループの中核となっています。有名なマヨネーズのほかにも様々な食品、調味料、業務用製品も手がけています。食品流通トップのキユーソー流通システムはキユーピーから独立した会社であり、ディスペンパックジャパンは三菱商事との合弁会社となっています。
 
 マヨネーズを摂るとコレステロール値が気になるといわれていますが、コレステロールは脂質の一種で、人が生きていく上で必要不可欠な栄養素とされています。細胞膜を作る上で大切な材料で、脂質の必要な胆汁酸、性ホルモンの原料になったりします。赤ちゃん用の粉ミルクには、わざわざコレステロールが加えられているほど大切なものだそうです。
 
 意外と知られていませんが、コレステロールは体内でもつくられ、その量は食べ物から摂取する量の約4倍。マヨネーズ1食分(15g)中のコレステロール量は、1日に必要としているコレステロール量からみればわずかなものとされているので安心してくださいとのことです。
 
 さて今日は、国への緊急要望のため上京することになりました。15時から県選出の衆参国会議員の皆様と合流し、要望活動をさせていただくことになっています。成果は、後程の県政報告会等でお伝えさせていただきますのでよろしくお願い致します。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 「心のスイッチに作用する本の制作」をテーマにオリジナル絵本を手がける岐阜県各務原市にあるSWiTCHBOOK FACTORY(スイッチブックファクトリー)によって制定されました。赤ちゃんの誕生までを描いた「パパとママにあいたくて」は口コミでその存在が拡がり、インターネット販売により全国の読者のもとに絵本を届けています。
 
 本を読んで得られるプラスの感情が日々周りに伝わっていくことで、未来が優しさに包まれるようにとの願いが込められています。日付は11と29で「いいブック」と読む語呂合わせからとしています。
 
 本には人生をも変えてしまうような不思議な力があり、子どもの頃に読んだ懐かしいだけでなく、多くの人の生き方や、人生観まで影響を与えるとまでいわれています。多くの読者の皆さんにいい書籍と出会っていただきたいとも思います。
 
 ちなみに、日本人が年間何冊本を読むか?文部科学省の調査によると、日本人は年間で平均12,13冊の読書をすることがわかりました。これを多いと思うのか、少ないと思うのかは人それぞれですが、月平均に換算すると月1冊読むか読まないか、そのくらいの割合です。
 
 かのアリストテレスいわく「人間の行動は95%が習慣でできている」と言っている通り、習慣として確立することができればこっちのものです。最初はきついと思いますが、だんだん本を読むこと自体にも慣れてきますのでぜひ読書の習慣を身につけるよう励んでみては如何でしょうか!
 
 さて今日から23日間の日程で11月定例会議が開会されます。本日は9時30分からの議会運営委員会の後、10時から全員協議会が開かれ、終了後直ちに本会議が開会され三日月知事より各議案が上程されることになっています。
 
 本会議終了後の13時からは、滋賀県難病連絡協議会と県議会の難病対策議員連盟の皆さんとの意見交換会を執行部を交えて来年度の展望も含めて協議をさせていただくことになっています。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1262(弘長2)年11月28日は、浄土真宗の開祖・親鸞聖人のご命日とされています。浄土真宗は、言わずと知れた日本最大の伝統仏教教団です。超有名な親鸞さんですから、私などが言うまでもなく、その偉業をご存知のかたも、多々おられましょうが、少しご紹介させていただきます。

 親鸞さんは、1173(承安3)年に貴族・日野有範の子として生まれますが、4歳で父を、7歳で母を亡くし、9歳の時に伯父の縁で出家し比叡山に入ります。そこで、当然、修行に励むわけですが、29歳の時にどうも納得がいかず、比叡山を下りて、京都・烏丸の六角堂(頂法寺)に籠って、救世観音に祈願をします。

 そして、満願の5日前の夜、夢の中で観音様のお告げを受け、日が昇るとともに、東山にて、ただひたすら念仏を説く法然さんのもとに向かいました。法然さんのもとに百日間通い続けた後、弟子になります。

 しかし、その後、旧仏教派から弾圧を受け、還俗(僧をやめて一般人に戻ること)させられ、越後(新潟県)へ流されてしまいます。許されたのは、4年後・・・越後の地で、奥さんという強い味方を得た親鸞さんは、常陸(茨城県)に住み、60歳までの20年間、関東を中心に布教活動を続けました。

 その間、布教のかたわら執筆していた『教行信証』が、1224(元仁元)年親鸞さん52歳の時に完成します。この年が、浄土真宗・開宗の年とされています。60歳で京都に戻った親鸞さんは、90歳という長寿をまっとうし亡くなりました。

 親鸞さんが亡くなった後は、東山大谷に立てられた廟堂を、娘の覚信尼が守り、その孫の覚如の代に、その廟堂に『本願寺』という寺号をつけて独立しました。この本願寺が8代目・蓮如さんによって飛躍的な発展を遂げ、一大宗教団体となり今日に至っています。

 さて今日は、9時50分から県庁にて、野洲・湖南・竜王総合調整協議会からのご要望を受けることになっています。その後、執行部との意見交換を予定しています。昼食を挟んで、13時40分からは近江八幡のホテルニューオウミに於きまして、平成28年度滋賀県農政連盟リーダー研修会が開催されますので出席をしたいと思います。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 旧公明党は、その前身である公明政治連盟が1961(昭和36)年11月27日に結成されました。このことを経て、1964(昭和39)年11月17日に結党されました。
 
 また、1998(平成10)年11月7日、「公明」と「新党平和」が合流して、新しい現在の「公明党」が結成されました。
 
 公明党は結党以来、中道政治を掲げてきました。中道とは、生命、生活、生存を最大に尊重する人間主義、これが中道の理念であり、この理念に基づく政治の実践こそ中道政治とされています。
 
 1999(平成11)年の連立政権以来、17年が経過しましたが、途中3年3ヶ月の下野した時も含めて、自民党と公明党の友党関係は崩れていません。
 
 今日では、国政だけでなく地方選挙に於いても、自公による選挙共闘が行われており、我が滋賀県でも知事選挙や各首長の選挙でも共同歩調をとるところが目立っています。
 
 さて今日は、午前中は事務所にて午後からの自民党の支部勉強会の資料作りをしたいと思います。
 
 15時からは、JA志津支店に於きまして、自民党志津支部の国政・県政・市政の報告会が開催されますので出席をさせていただき、県政報告を担当することになっています。
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 撮った写真がその場で見られたら・・・そんな夢を実現したポラロイドが誕生したのは、69年前です。そこで、ポラロイドの歴史を、ひも解いてみました。
 
 あるとき、ランド博士の3歳の娘さんによる「なんで撮った写真がその場で見られないの?」の発言に対し、愛する娘の願いを叶えるために、博士は日夜、研究を重ね、1947(昭和22)年2月21日、ついに完成したインスタント写真のデモンストレーションをおこないました。 

 世界は驚愕し、ポラロイド=インスタント写真の代名詞として、写真史にその足跡を刻みはじめることになります。
 
 1948(昭和23)年11月26日、ポラロイドカメラの販売が開始されました。以来、何度も製品開発が繰り返され、私たちに、撮ったその場で見られる写真を提供してくれています。
 
 さて今日は、早くも11月最後の週末となりました。本日は、来年1月に行う県政報告会を兼ねた後援会行事のご案内を役員の皆様に持参したいと思います。
  
 皆様には、深まりゆく秋を身近に感じながら、紅葉を楽しまれては如何でしょうか!?
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!


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