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 日本音楽マネージャー協会が1990(平成2)年に制定しました。「ク(9)ラシ(4)ック」の語呂合せからだそうです。
音楽家の無料報酬によるコンサート等が開かれすそうです。

 クラシックってとっても癒されると思い調べてみましたので参考にして下さい。クラシック音楽を聴くと、まず「前脳(脳の前のほうの部分)」が活性化されるそうです。そこでは、旋律の構造と意味を分析するといわれています。

 そして、【ドーパミン】を放出する領域が活性化され、ドーパミンが放出されます。ちなみに【ドーパミン】とは人を“きもちいい”と感じさせてくれる脳のホルモンだそうです。

 更に、ふだんは随意運動や平衡感覚コントロール、運動記憶(体の動きに連動した記憶:ピアノの演奏など)を行う『小脳』にも、音楽が緊張を生み出すたびに反応が生じるともいわれておりこういった脳の中のはたらきにより、人は「音楽を聴くことで気分が改善される」そうです!

 たまには、クラシック音楽をゆっくりとした気分で楽しむのも良いかも知れませんね!?

 さて今日は、来週に迫った自分自身の県政報告会の案内を町内全戸にご案内を兼ねて挨拶に伺う予定をしています。また、明日に運動会が予定されている町内会長のお宅にも挨拶に伺う予定をしています。

 9月に入って初めての週末、まだまだ残暑が去りがたい暑い日が予想されています。皆様もまだまだ続く暑さに負けずにお過ごし下さいませ・・・・!!!!
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 未来からやって来た「ボク、ドラえもん」 ドラえもんは、作者・藤子不二雄の“不思議な物がいっぱい出てくる漫画を書きたい”という思いから誕生したそうです。

 タイムマシンを使って22世紀前半から20世紀末まで、約150年の時の流れを遡ってやって来たドラえもんの誕生日は、2112年の今日だそうです。

 日本の漫画は海外でも大人気ですが、ドラえもんは特に東南アジアでひっぱりだことのことです。その理由のひとつが、家庭、友人、学校生活など、日本の様子がよくわかるからだとか。

 「タケコプター」・「どこでもドア」等数多くありますが、一番長い名称のひみつ道具は「驚音波発振式ネズミ・ゴキブリ・南京虫・家ダニ・白アリ・虫退治機」で、かな表記にすると39字になるそうです。

 こうした秘密の道具の総数は2,100個を数え、日本だけでなく世界中の子供たちにこんな不思議の道具あればいいなと夢を与えてくれています。皆様も、こんな不思議な道具ひとつ貰えるとしたら何がいいか考えてみるだけでも夢が膨らむと思うのですが如何でしょうか・・・・!?!?

 自分も考えたのですが、「どこでもドア」があれば最高だと思います。忙しい毎日、ドア一つ開ければ、好きな場所に移動出来る。ホントにひとつ欲しい毎日を過ごしています。

 さて、今日は午前中にも広報関係の協議をする予定ですが、9月最初の週末の準備もしなければなりませんので、何となく慌ただしさを感じています。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1945(昭和20)年9月2日、東京湾上の米・戦艦ミズーリにおいて、日本側を代表して重光葵外相、梅津美治郎参謀総長、連合国を代表して連合国最高司令官のマッカーサーが「降伏文書」に署名を行い、これによって日本の降伏が法的に確定したとされています。

 一般には、玉音放送がされた8月15日が終戦記念日とされていますが、確定した日はこの9月2日だそうです。

 なお、軍隊が敵との戦闘行為を停止した上で、敵の支配下に入ること、つまり、戦いに負けて(抵抗をやめて)、敵に服従することを意味する降伏は、「無条件」または「条件付き」で行われます。

 日本の場合は、ポツダム宣言を無条件で受諾することで行われましたが、これは、交戦国軍隊全体に関する全面的休戦を意味しました。

 さて今日は、朝から会議が連続して予定されており、先ずは地元の志津小学校において、草津市教育委員会と志津地区自治連合会の会長をはじめとする地元の関係者の皆様との間で小学校の周辺整備について協議が予定されています。

 その後、9月定例会を直前にして嘉田知事との政策懇談会が予定されています。知事とは、選挙後初めてお出会いすることになりますが、すでに2期目に入り連日の公務に意欲的に取り組んでおられます。

 今議会で提出される関西広域連合関係の議案を巡っての意見交換をはじめ、県政全般に亘る政策協議がされものと思われますが、知事からは2期目のスタートにあたり抱負も含めた意気込みを伺いたいと期待をして臨みたいと思います・・・・決して議会が知事選を終えて無条件降伏をした訳でも無いのですから。

 また、午後からは、各般に亘る課題対応のための協議を予定しています。9月に入りましたが、連日の残暑が続いています。皆様には、こうした残暑に負ける事無く、精力的にお過ごし頂きたいと願っています・・・・!!!!
 
 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

2010年 9月 1日 [水曜日]

今日は、キウイの日です!
 ニュージーランド産キウイフルーツの輸入等を行っているゼスプリインターナショナルが制定しました。

 「キュー(9)イ(1)」の語呂合せからだそうです。この果物の栄養価は高く、働き方や働く場所は違いますが、身体が酸化(さびる)するのを防ぐビタミンCとビタミンE。それらを同時に摂取することで、抗酸化の相乗作用が得られます。

 つまり、ビタミンCとビタミンEの両方をたくさん含むキウイフルーツは、身体をさびさせないための理想的な果物と言えます。

 キウイフルーツには、大根やカボチャ、タケノコに匹敵する程の食物繊維が含まれており、生の果物の中ではNo.1です。
不足すると「便秘」「糖尿病」「高脂血症」「動脈硬化」「胆石」「高血圧」「肥満」「大腸がん」などに、かかりやすくなることから、我々の成人病対策にも欠かせないフルーツと言っても過言ではありません。

 さて、今日から9月に入り、今朝も元気に登校する子供達の姿を見ました。午前中に政調会が招集され、午後からは会派の議員総会も開催される予定です。

 今月は、定例会も予定されている事から忙しくなりそうです。また、残暑厳しい毎日ですが、少しずつ実りの秋の気配も感じられる頃になり、お米の収穫など農家の皆様にとっても忙しい時期になって参りました。今年は例年になく豊作の所が多いそうですが、滋賀県産の米作はどうでしょうか・・・・!?

 私も、そろそろそちらの準備も始めなければなりません。この9月は、こうした事からも忙しい時期でもあり、ある時は・・・・、また、ある時は・・・・と手際よく行動する事が要求されます。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 諸行無常の響きアリとはこの事で、当時の若者に大人気だったジュリアナ東京が1994(平成6)年8月31日に閉店しました。

 バブル経済絶頂期の’92年に開店し、「ボディコン」「お立ち台」などの流行語を生んだ東京・芝浦のディスコ「ジュリアナ東京」でしたが、あまりの加熱振りに当局からの指摘があり、お立ち台撤去の煽りを受け閉店しました。

 18億円かけて改装された巨大な倉庫では、キワどい衣装の客たちが連夜ユーロビートに熱狂し、そのブームを最大限活用したのがエイベックスで、ディスコで流される曲をCD化し、小室哲哉プロデュースでダンスユニット・trfをデビューさせるなど、現在の土台をここで築いたとされています。

 3年間営業でしたが、何と200万人もの若者が詰め掛けたとされており、連日2,000人余りの入場で異常な人気を誇っていたとされています。私は行った事がありませんが、当時流行語になっていた事は記憶しています。

 さて、昨日の日記に書かせて頂いた“平服”について、多くのご意見をお寄せ頂きました。一般に、平服とある場合は男性ならスーツ姿にネクタイ着用だそうです。

 まして、天皇陛下の御前で頂いた勲章授章の祝賀の席ですのでネクタイ着用は常識だとの事でした。今回の私のノーネクタイの行為は許されないとのご指摘を頂き、猛省をし今後は充分気を付けて出席をさせて頂きたいと思います。

 ご意見を戴いた皆様本当に有難うございました。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。来月に行われる敬老会での行事や各種イベントに際しても事前に内容などTPOを考慮して服装を整えたいと考えております。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1945年(昭和20)8月30日、日本を占領した連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥が愛機バターン号から厚木飛行場に降り立ちました。

 サングラスにコーンパイプ姿をはじめて日本人の前に現し、この日から6年間、マッカーサーは日本国内の数々の改革を持ち込み、戦後のわが国の体制を決定づけ、以後5年8カ月=約2000日のマッカーサーによる日本統治がはじまり事実上、占領下の日本の最高権力者(日本の絶対的支配者)として君臨しました。
 
 敗戦の虚脱状態にあった日本人は、農地改革、婦人解放、労働改革、中でも国民主権と平和主義の新憲法の制定など矢継ぎ早に進められる革命的な民主化政策の前に、“動転”と“戸惑い”の日々を送ることとなりました。

 1950(昭和25)年に勃発した朝鮮戦争の国連軍総司令官に任命され、韓国・仁川奇襲上陸で状勢を逆転させましたが、トルーマン大統領の政策に公然と反対して、原爆に使用を視野に入れた義勇軍が参戦した中国ばかりかソ連との全面戦争を主張したため、1951(昭和26)年4月11日に解任されました。

 マッカーサーが日本を去るにあたっては、何十万通というファンレターが寄せられ、4月16日の帰国の日には20万人の日本人が羽田で見送りましたが、それらは占領の世界史の唯一の例外とされています。

 解任後の1951年4月19日の米・議会での演説で「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」との大演説を残し、マッカーサー(71)は、ここに52年間の軍人生活に別れを告げたとされています。

 さて、昨日のこと、ある方のこの春の叙勲のお祝いの席でのことですが、案内には平服でお越し下さいとの事でしたので、ジャケット、パンツ、ワイシャツに、夏場の事なのでノーネクタイのいでたちで参加をさせて頂きました。

 私の感覚がずれていたのでしょう、参加された男性の殆どの方がネクタイをされており、結果、私のネクタイをしていなかったのが場違いのようでありました。

 参加されていた誰ともその事に関して話はしませんでしたが、来賓の紹介もあり、目立ってしまい少し恥ずかしく感じました。皆さんはこうした時の為にネクタイを持参して頂きますようにご注意下さい・・・・!?

 夏場以外の季節であれば、平服でとの案内でもネクタイはしていくのですが、このところの猛暑とクールビズの時期でもあるだけに、私のとった行動は間違いだったと気付いている次第です。今度、私に出会う機会がありましたら是非とも注意願いますね!?

 今日は、午後からお世話になった方の告別式に参列を予定しておりますが、黒の略礼服に、黒のネクタイで参列させて頂きます。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1951(昭和26)年のこの日に制定されました。1950(昭和25)年、国宝・重要文化財等を保護するための基本となる法律「文化財保護法」が施行されました。

 前年1月26日に法隆寺金堂が全焼したのをきっかけに、文化財保護政策の抜本的改革が望まれ、従来の「国宝保存法」「重要美術品等保存法」「史蹟名勝天然記念物保存法」をまとめた「文化財保護法」が制定されました。

 さて今日は、夏休み最後の日曜日、お子さんのおられるご家庭では、子どもたちと一緒に最後の行楽を予定されておられるご家庭も多いのではと思います。

 私は、午前中から島田善勝氏の瑞宝光章受賞の祝賀会がクサツエストピアホテルにて開催されますので出席をさせて頂きます。

 また、今夜は青少年育成志津地区民会議のふれあいパトロールの当番にあたり、同地区内のコンビニやスーパー等をパトロールする予定をしています。

 更に今夜は、私の後援会の役員会も予定されています。今夜の議題は今後の後援会の予定についての確認が主なものとなっています。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

2010年 8月 28日 [土曜日]

今日は、気象予報士の日です!
 1994(平成6)年8月28日、第1回の気象予報士国家試験が行われ、合格率は18%でした。

 以来、試験は年2回、1月と8月の下旬に行われています。気象予報士の試験は難しく、合格率も平均6%前後という難関ですが、『天気予報は当たらないものだ』という昔に比べ、今は予報の精度も上がっています。

 以上のように、気象予報士制度は、防災情報と密接な関係を持つ気象情報が、不適切に流されることにより、社会に混乱を引き起こすことのないよう、気象庁から提供される数値予報資料等高度な予測データを、適切に利用できる技術者を確保することを目的として創設されたものです。

 予報業務を行う事業者は、現象の予想を気象予報士に行わせることを義務づけられています(地震動、火山現象を除く)。

 気象予報士となるためには、(財)気象業務支援センターが実施する気象予報士試験に合格し、気象庁長官の登録を受けることが必要です。

 平成6年8月の第1回試験以来、平成22年3月までに33回の気象予報士試験が実施され、計7,757名の合格者がでています。

 また、平成22年6月1日現在、このうち7,555名が気象予報士として登録されています。

 なお、平成8年7月には気象予報士の親睦団体として日本気象予報士会が創設され、最新の予報技術に関する情報交換等活発な活動を行っています。

 さて、今日の天気はと申しますと、8月も後半に近づき、少しずつ朝夕に秋の気配を感じながらも、私達の関西では残暑が続いています。このような残暑が9月に入ってもしばらく続くとの事ですので、当分は暑さ対策が必要だとの事です。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1957年(昭和32年)のこの日、午前2時23分に茨城県東海村の日本原子力研究所で臨界実験に成功しました。

 東海村は人口約34,000人と小さな都市ほどもあり、村と呼ばなくてもいいくらい多くの人が暮らしています。茨城県の県都の水戸市と工業都市の日立市の間に位置し、東京から約100kmほどの所にあります。

 東側は、ゆったりとした姿を見せる太平洋を望み、内陸部は、北側に日立市との境界をなす久慈川が流れる水田地帯、西側の台地には畑地と平地林が広がる自然豊かな地域です。

 村の象徴といえばもう一つ。わが国における原子力の平和利用の中心地であることです。昭和38年に日本で最初の原子力発電による電気が灯るなど、日本の原子力の平和利用の発展とともに成長してきました。

 さて、研修二日目の今日は、8時には宿舎を出発し群馬県を目指します。午前中には、やんば館を訪れここでは、八ツ場ダムについての説明を群馬県の担当課の方から伺う予定をしています。

 午後からは、八ツ場ダムの建設予定地へ移動をし、国土交通省八ツ場ダム工事事務所の職員の方よりダムの現況についての説明を受ける事になっています。

 全国からも注目をされている工事現場だけに、今後の対応の目処についても詳しくお聞きしたいと思います。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!

 1981年8月26日対ヤクルト戦19回戦(甲子園)、阪神タイガースの先発江本孟紀は7回まで好投。4−1で阪神が勝っていました。

 しかし8回表、3連打を浴び1点差に迫られ、なおも二死二塁のピンチで、打席には8番水谷新太郎を迎えたのです。

 江本孟紀はこの時34歳、投球数は154球でした。江本は8番水谷を迎え、一塁が空いていることから、敬遠策をベンチに打診したそうです。

 しかし指示は何も無く、江本は水谷と勝負することになり、結果水谷は2球目をライト前ヒットし、ヤクルトに4−4の同点に追いつかれました。江本はここで降板。なんともやり切れない気持ちだったと推測されます。

 そして翌日のスポーツ新聞を見て、江本はビックリ仰天したのですが、どの新聞も一面で江本が「ベンチがアホやから、野球はでけへん」と批判したという記事が掲載されました。新聞に掲載されているような発言はしていないと弁明したそうですが、球団側は江本の言い分を聞き入れず、新聞の一面を騒がした責任をとる形で江本は退団、そのまま現役を引退したとされています。

 今の江本さんならこのような事なら言いかねませんが、当時の中西監督に対してこのような発言は絶対にしていないそうです。今でも、火の無い所に煙がたったとしています。

 昨夜のように、負けたと思った試合でも、後半に猛打爆発で大逆転していれば記事の内容も変わっていたのだろうと思うのですが・・・・!?

 さて今日から、琵琶湖淀川水系問題対策特別委員会の県外調査に出かける事になりました。今日は、9時台の新幹線にて上京し、午後からの栃木県議会での行政調査を行う予定になっています。
 ・湯西川ダム、南摩ダム事業および八ツ場ダム下流負担金について を伺う予定をしています。

 先日もお伝えしましたが、今後の滋賀県政のダム行政の中でも下流負担問題は避けて通れないだけに、慎重に調査を行いたいと考えています。

 さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!


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