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1902(明治35年)のこの日、日本はロンドンで日英同盟を調印します。イギリスは義和団の乱後のロシアの満州占領継続に対抗し、日本は韓国を勢力範囲として確保するために、イギリスは清国における利権保護と日本の軍事力利用とのために結ばれました。
内容は清国における両国の権益と、韓国での日本の権益を守る相互援助が中心で、期間は5年間。 他国の侵略や騒乱に際してはそれぞれが適切な措置をとるとしています。日英どちらかが他国と戦争になった場合は中立を守りますが、その他国を第三国が支持し参戦した場合には、同盟国は参戦義務を負うというものでした。
日本にとっては欧米との初となる対等条約となりますが、「栄光ある孤立」を誇りとしたイギリスとしては、その威光にかげりが生じはじめていたことを意味しています。と同時に、押し寄せてくる欧州の植民地政策によりアジア諸国が次々と隷属する中、日本だけは富国強兵をスローガンに近代化を図ることで列強の脅威と対峙していたさなか、「サルまね」と揶揄されながらも、日本が生き残る道に向かって、ただひたすら前をのみ見つめ駆け上っていったといえるとされています・・・・!!!!
この日英同盟は、戦後(第二次世界大戦後)の日米同盟と同様に、日本の国益を守る上で大きな役割を担い、日本の国家進路を決した同盟である。もし日米同盟がなければ、戦後、日本が共産主義勢力の侵攻を防げたかは疑問とされ、同様に、仮に日英同盟がなければ、明治当時の日本がロシアの南下政策という脅威に直接さらされ、また列強の植民地支配が迫り来る中で、それらの力に屈することなくすんだのかどうか疑問とされています。
さて今日は、文教警察常任会の正副委員長として副委員長の成田議員と二人で、滋賀県警察本部にて、警察本部長を表敬訪問した後、緊急防災対策の取り組みについて視察調査を予定しています。また、日野にあります滋賀県警察航空隊を視察し、導入後間もないヘリコプターでのカメラを用いた事件、山岳遭難、水難事故など、空からの捜索、救助活動などの状況について伺うことになっています。
県民の皆さんと力を結集し、安全・安心な滋賀を目指して、県民の期待と信頼にこたえる力強い警察を目標にしている滋賀県警察の活動に敬意と感謝を申し上げます・・・・!!!!
さぁ、今日も元気に参りましょう! おぅ〜!
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